あなたが自分を嫌いなら

2014-08-11

「“あの人”にわかってほしい」

20150210-3「いつも、誰かにわかってもらいたいって思ってました」

わかってもらえたら、この孤独から、淋しさから解放される・・・って、私たちは思います。

だけど、この“誰か”って、本当に“誰でもいい”わけじゃあないんですね。

例えば、カウンセラーの私が、クライアントさんの辛さに共感し、わかってあげることができたら、その人が満足するのか? というと、違うのです。

確かに、それだけでちょっとはラクになるでしょう。

「でも、やっぱり辛い」わけです。

なぜかって?

それは私ではなく、「やっぱり“あの人”にわかってもらわなくては・・・」と思うからです。

その対象は、配偶者か親です。

じゃあ、配偶者や親がまったくもってその人をわかっていないのか? というのを検証していくと、

実はその人なりのやり方で、思いやっていたり理解しようとしている事実が出てきます。

(その人の望むカタチではなかったとしても、です)

それに気付いてもらって、そしたらそのクライアントさんは救われて、悩みが解消するのか?

といえば、これもまた否なのです。

「自分が愛されている」という証拠を目の前に並べられていてもまだ、孤独は癒えません。

自己嫌悪も癒えません。なぜなのでしょうか?

「いつも、誰かにわかってもらいたいって思ってた」

この願いは、マトリョーショカのように、何重にもなっています。

孤独のわけは『自分自身をわかっていないこと』

はじめは職場の人間関係に悩んで来られたクライアントさんだったとします。

その悩みは「職場のあの人にわかってもらいたい」ということです。

それが解消しても、次の悩みが出てきます。

「友人にわかってもらいたい」

「社会にわかってもらいたい」

「恋人にわかってもらいたい」

「親にわかってもらいたい」

どこまでもその想いが出てきます。

仮に、これらすべての対象者が、クライアントさんをわかってあげられても(それはあり得ないけど)、しあわせにはなれません。

最後のマトリョーショカの中身は、自分自身だからです。

この人の孤独のわけは、『自分自身をわかっていないこと』です。

「わかろうとしていない」のです。

「あそこがダメで、ここがダメで、人より劣っていて…」と、嫌っているからです。

自分を嫌うのはカンタンです。努力は必要ありません。いちばんラクな生き方です。

周りの人が「そんなことないよ、いいところがあるじゃない」と言ってくれても、

「そうは思えない!」と突っぱねてしまいます。

まわりの人があなたのことをわかろうと努力しているのに、自分はその努力をしていないのです。

「頂戴、頂戴」と求めるばかりなのです。

あなたが自分を嫌いなら

20150210-4あなたがリンゴを嫌いなら、周りの皆がリンゴを好きだと言っても

、あなたのリンゴ嫌いは治りませんね。

あなたが自分を嫌いなら、周りの皆があなたを好きだと言っても、

あなたの自分嫌いは治りませんね。

あなたはあなたで生きていくしかないのです。あなたはあなたをもっと知らなくてはならないのです。あなたは誰よりもあなたのエキスパートでなければならないのです。

「あの人にわかってもらいたい」というのは、自分以外の誰かに、「私のエキスパートになって、私をいつもイイ気分にして」という、他力本願な願いなのです。

『自分を愛する』というのは、自分自身を知ることです。

『自分を愛せない』という人は、自分の表面しか知らないのです。

「それを知ってしまったら、愛さずにはいられない…」そんな、あなたの核の部分をまだ知らないのです。

「そんな核が自分にあるとは思えない」そう思うなら、そのままで。

それもあなたの自由です。

でも、一粒の芥子がなければ金平糖が出来ないように、私たちに“魂”がなければ、この心も肉体も存在できないのです。

私は毎日、クライアントさんの魂を知る旅に、同行しています。

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