恥という感覚

2014-08-22

失敗=恥=死

baby2私たちが生まれたとき、まだ赤ちゃんだった頃に、『恥』って意識していたでしょうか? 生まれたての赤ちゃんには『恥』の感覚は皆無だと思います。おしめを替えてもらったりするのに、いちいち『恥』を感じていたら大変ですからね。

でも、大人になった私たちは、ものすごく強烈に『恥』を意識しています。常日頃から、とにかく『恥』をかかないように、人と違わないように、と注意深く言動を選んでいます。何かを選択する時には、必ず『失敗しない』方を選ぼうとします。

『失敗』は『恥』とほぼ同意というか、『失敗=恥=死』くらいに、恐れているように感じます。『恥』をかいたときに、人は「死ぬほど恥ずかしかった」と言いますから。そして誰かに『恥』をかかされた時には、相手のことを死ぬほど憎んだりもします。

しかし、“何を恥とするか?” は、あくまでも本人の主観。そう、“人によって違う” のです。

恥=その人の価値観

先日、あるカップルさんのお話しを聞いていた時のこと。彼が語ったエピソードに対して、彼女は「恥をかかされた!」と言って猛烈に怒ってしまいました。しかし、彼はそれを恥ずかしいこととはまったく思っていなくて、
むしろ微笑ましいエピソードとして話していたんですね。認識が違うと、反応もこれだけ違ってくるわけです。

そして、「恥をかいた」と思って苦しんでいるのは本人だけで、相方も、聞いていた私も、実はなんとも思ってないわけです。この『恥』というのは、『恥』を感じている本人の、価値観そのものです。

カウンセリングに来る人の多くが『恥』に苦しんでいます。自分が自分のことを『恥ずかしい』と思っているのです。そう思っているからこそ、誰かにちょっと笑われたとかで、もう立ち直れないほどに落ち込んでしまったりします。

そして、「これ以上恥をかかないで済むように」と、「これ以上失敗をしないで済むように、HOW TO を教えて欲しい」と言うのです。でも、それは根本的な解決にはならないんです。

恥を恐れる心

baby1生まれたての赤ちゃんの頃、私たちは自信に満ちていました(自信のない赤ん坊っていないですよね)。

あの頃の私たちは、欲しいおもちゃに向かってただひたすらに這いずって行く力がありました。何度転んでも、また立ち上がろうとする根性がありました。不思議なものに対して「なぜ? どうして?」と問う好奇心がありました。「お兄ちゃん、お姉ちゃんが出来ることは、必ず自分にもできる!」という信念がありました。そう、私たちは愛すべき冒険者だったのです。

魂の使命は、生きること・成長すること、そしてその目的を果たすこと、です。それは誰に教えられたのでもなく、魂がどうしたらいいかを知っています。でも、今は自信なんてこれっぽっちもなく、「自分は恥ずべき存在だ」と思っている。それはいったいなぜなんでしょうか? 今のあなたはどうですか?

ひたむきさや、根性や好奇心や向上心・・・これらを恐れてはいませんか?「だって、もし失敗したら・・・と思ったら、恐くて出来ない」そうじゃありませんか?

失敗=恥ずべきこと?

『失敗=恥ずべきこと』そう思うようになったのは、いったいいつからなのでしょう。
まっさらだった私たちの心が、「これは失敗で、とても恥ずかしいことなのだ」という解釈を、もしも学習しなければ、今も私たちは、直観に導かれた愛すべき冒険者のままでいられたのかもしれません。

そして、世の中の成功者と呼ばれる人たちはみな、そういった人たちなのです。人生は、本当は上手くいくようになっているみたいなのです。ところが「これは失敗で、とても恥ずかしいことなのだ」という解釈が、チャンスが目の前に来た時に、あなたにブレーキを踏ませるのです。

この、厄介で頑固な呪縛を、私たちは親子関係から学びます。しかも「三つ子の魂百まで」と言うように、私たちの生涯にわたって影響します。でも・・・、この呪縛を解くことが出来たら、人生がきっと変わります。

心理カウンセリングでは、人生最初の人間関係である『親子関係』を見直していく中で、この「恥の呪縛」も癒していきます。


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