観念を手放す

2014-08-11

その観念はどこから来たのか?

『幸せはカンタンに手に入るものではない』と、言うクライアントさんがいます。その観念のルーツは、どこにあるのでしょうか?

「ちなみに、あなたは生まれた瞬間からその観念を持っていたと思いますか?」

クライアントさん「いえ、持ってなかったと思います」

私「じゃあ、生まれてから今までのどこかの時点でその考えが刷り込まれ、

  あなた自身の観念となったわけですね」

 「では、あなたの身近な人に、その観念を持っている人はいたでしょうか?」

ク「・・・・母が持っていたと思います」

私「では、お父さんは?」

ク「持っていたと思います」

私「お兄さんは?」

ク「持ってました」

私「お爺ちゃん、お婆ちゃんは?」

ク「持ってました!っていうか、まわりの人全員が持ってると思います!」

私「そう。あなたはその観念を持った人に囲まれて育ったわけですね」

 「その人たちはきっと親切心で、いかに人生は過酷か、

 幸せが手に入りづらいかを、教えてくれたのでしょうね」

ク「はい。だから幸せになるためには、苦労しなければならないって思っていました…」

私「それじゃあ、苦労の中に自ら入っていくわけですね?」

ク「そうです。それを避けるのは悪いことだと思ったし、苦労の先にこそ幸せがあるんだと…」

私「では実際に、苦労の先に幸せはありましたか?」

ク「・・・いえ、もっと頑張らなきゃダメなんだ、まだ足りないんだと思いました」

慣れ親しんだ観念を手放すことへの恐れ

このように、歯を食いしばってでも「自分の人生を良くしよう」と頑張って、そして力尽きた方が、カウンセリングにいらっしゃいます。みんな真剣で、真面目な方ばかりです。

このような過酷な人生を送っている中で、当然ですが「疲れたなぁ…、しんどいなぁ」「もう、これやめたいな」って気持ちも出てきます。

でも、この方達はその気持ちを“ワガママ・甘え” と、言って嫌います。大慌てでかき消そうとします。

それは苦労の反対(ラク)を選ぶことであり、同時に自分の幸せを放棄することと同意になってしまうからです。(この観念の下では、そうなります)

だから、「その『観念』を手放しましょう」と、提案すると、ものすごく反発されます。苦労することで幸せを求め続けてきたこれまでの半生を、全否定される気がするのだと思います。

とにかく、今までのやり方の延長上で、「この目の前の試練を、どうやったら上手く乗り越えられるのかを教えてほしいんだ!」と、訴えられるのです。

でも、今度こそ本当に、本当に幸せになろうと思うのならば、まず、この『観念』を手放さなければならないのです。『今までのやり方』を、手放さなければならないのです。

慣れ親しんだものを手放すことを、私たちはものすごく恐れます。それがたとえ自分のためになっていなかったとしても、です。

これまで何十年も、周りから四六時中聞かされ続け、自分の中で四六時中考え続けてきたもの。それが、『観念』です。それを手放すのは、それこそそうカンタンではありません。

観念は、自分で「選択」できるもの!

古い観念の世界と、新しい世界の境目で、クライアントさんは逡巡し続けます。

「本当にそうなのか?」

「誰もそんなこと言ってなかった」

「もし間違ってたらどうなるの?」

とても恐ろしい選択を前に、悩みます。

その間、私はそこに居つづけます。あなたの代わりに選択することや、あなたの考えを無理矢理変えることは、私にはできません。でも、もしもあなたが古い観念を手放して、新しい世界に踏み込むことを選択するならば、『あなたの幸せ』は私が保証します!

それには一切の揺らぎはありません。だって、新しい世界は素晴らしかったんです。本当に素晴らしいんです。一度踏み込んだら、「もう二度ともとの世界には戻らない」って、あなただって思います。

それを信じられるから、私はずっとそこで待つのです。

どれだけ迷ってもいいですから、決して幸せをあきらめないでください。私はあなたの幸せをあきらめてはいませんから。

そして、『選択』の瞬間に訪れる『至福』を一緒に祝う日を楽しみにしています。手強い『観念』を手放す、はじめの一歩の選択として、心理カウンセリングをどうぞ考えてみてください。

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