「感情」という波紋

2014-08-11

「感情」とは

file000367405590池に小石を投げ込んだら、波紋が出来ます。

実は『感情』も、この『波紋』のようなものなのです。

『心』という池に、『出来事』という小石がポチャリ。

『出来事』の刺激によって、心に感情の波紋が広がっていきます。

大きな石なら激しい波紋、小さな石なら静かな波紋。

楽しい出来事でも、悲しい出来事でも、同じ様に波紋が生まれ、そして消えていきます。

この波紋に『良い』も『悪い』もありません。

刺激に対して、心が揺れる。ただそれだけのことです。

「意識」とは

そして私たちは、『心そのもの』ではなく、『揺れる心を見つめている者』です。

それは私たちの『意識』です。

わかりますか? 『池そのもの』ではなく、『池を見つめている者』です。

どんなに大きな石が投げ込まれ、どんなに激しく心が波立っても、永遠に静まらない波紋はありません。

いつか必ず、静かな水面が戻ってくるのですから、慌てず、見守ることです。

ところが、私たちにはその辛抱ができません。

激しく波立った水面を見てパニックになり、「こんなの嫌だ!」と、その波をかき消そうと池を『棒』でかき回してしまう・・・、なんてことをします。

そんなことをすれば、水底のヘドロを巻き上げて、池はすっかり濁ってしまいます。

この状態を『モヤモヤ』と言うのです。

「依存」とは

この場合の『棒』は、いろいろなものを指します。

例えば『甘いもの』もそうです。

淋しさや悲しさを感じた時、私たちはよく甘いものを口にします。

そうして、自分の感情をうやむやにするのです。

『ギャンブル』もそうです。強烈なスリルは不安よりも強力ですから。

『買い物』『セックス』『酒』『理論(正論)』、あるいは『他人の意見』『喧嘩をふっかける』なんていうのもそうです。

この出来事によって、自分の心がどう反応したのか?

ということを、実はまったく把握できていないのです。

多くはその責任を、放棄してしまっているのです。

私たちはどこかで、「感情は恐いもの。それはコントロール不能で、決して直視してはいけないもの」・・・とでも、思い込んでしまったようです。

そして、この『池(心)』から目をそらして生活しているのです。

そして、感情から目をそむけ続けるために必要とするものに『依存』します。

「観察」とは

心をかき回すのはやめましょう。

波紋に『良い波紋』『悪い波紋』などと、ジャッジをするのをやめましょう。

ただ、じっと観察してください。

「ああ、今心が乱れているな…」と。「すごく辛いんだな、悲しいんだな」と。

あるいは「うれしいなぁ。有り難いなぁ」と「楽しいなぁ、ずっと感じていたい」と。

その波紋が、やがて消えていくまで。

そして、静まった水面に、インスピレーションがやってきます。

この『池』には、実は天からのインスピレーションの泉が絶え間なく流れ込んでいます。

それは私たちを幸せに導いてくれるものです。

しかし、インスピレーションの波紋は濁りのない静かな水面でしか、見ることが出来ません。

今日はちょっとだけ立ち止まって、心の波紋を消えるまで眺めてみる・・・。

そんな時間を作ってみてはいかがでしょうか? 

思わぬインスピレーションに打たれる瞬間が訪れるかもしれません。

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